スタートアップの経理にAIをどこまで入れるべきか。判断材料として、経理財務の責任者を対象にした2本の調査を読み解きます。結論は3点です。普及はすでに過半数に達し、差は「成果」に出ていること。成果を分けたのは、AIの出力を確認する体制の有無であること。そして、どちらもスタートアップの実態を示す調査ではないので、スタートアップは入れる順番を自社向けに組み替える必要があることです。
経理AIは「導入」から「成果の差」の段階へ
米Gartnerが2025年5〜6月に財務責任者183人へ行った調査では、経理財務部門でAIを使っていると答えた割合は59%でした。2024年の58%とほぼ同水準で、2023年の37%から伸びた後に横ばいとなっています。
同調査で採用が多い用途は次の3つです。
- ナレッジ管理: 49%
- 買掛金(支払)処理の自動化: 37%
- エラー・異常の検知: 34%
つまり、最初に広がったのは決算の自動化のような大がかりな用途ではなく、調べものと支払処理、ミスの検知でした。Gartnerは、最大の障壁として、データリテラシー・技術スキルの不足と、データの品質・可用性の不足を挙げています。
KPMG調査: 普及は進んだが「期待を上回る」は23%
KPMGが2026年3月に行った調査(20カ国・13業種のCFOら1,013名)でも、経理財務部門でのAIの本格活用は2年で30%から75%へ拡大しました。ただし2024年調査とは設問の範囲が異なり、KPMGも傾向としての比較と注記しています。
注目すべきは成果の中身です。
- ROIが期待どおり以上: 71%
- ROIが期待を上回る: 23%
- 成果が出た指標: 意思決定の速度71%、意思決定の質70%、予測精度64%
効果が大きいのは、定型処理よりも計画・予測・リスク評価のような判断の多い業務でした。KPMGはAIを「コスト削減の手段ではなく意思決定のエンジン」と位置づけています。
成果を分けたのは「確認できる体制」
KPMGは、AIの利用記録や根拠を監査などの場で効率よく示せる組織(調査上は「保証対応力を備えた」組織)と、そうでない組織を比べています。
- エラー削減で「大幅な改善」: 33%対6%
- スケーリングへの自信: 42%対14%
- 全指標を通じた差: 3〜6倍
一方で、必要な人材のタイプそのものを見直している企業は28%にとどまります。ツールの使い方を教えることと、人とAIで業務を設計し直すことの間には、まだ溝があります。
出力を誰がどう確かめ、記録を残すかで成果に差が出る。これがKPMGの調査から読み取れる点です。
スタートアップに当てはめるときの注意
KPMGの調査の対象は大企業です。売上高2.5億米ドル以上(米国は5億米ドル以上)の企業で、回答者はテクノロジー・金融サービス業の比率が高く、全体の導入率は先行業種の影響を受けるとKPMG自身が注記しています。Gartnerは回答者が183人にとどまり、企業規模は発表文に示されていません。
したがって、59%や75%を「スタートアップの標準」と読むことはできません。日本のスタートアップの経理AI導入率を示す一次データは、本稿の執筆時点(2026年11月)で確認できていません。以下は調査結果を踏まえた編集部の見立てです。
最大の障壁はデータの質と網羅性
KPMGの調査では、データの品質と網羅性が最も多く挙げられた障壁でした。経理のAIは、取引データ・証憑・勘定科目の使い方がそろっていて初めて精度が出ます。科目の使い分けが担当者ごとに違う、証憑が個人のメールやチャットに散らばっている、といった状態では、AIを入れても出力を確かめる手間が増えるだけです。
Gartnerも、データの品質・可用性の不足を最大の障壁の一つに挙げています。ツール選びより前に、科目表と証憑の保管ルールをそろえることが、規模を問わず最初の作業になります。
入れる順番の見立て: 判断の前に、確認しやすい業務から
少人数の経理で現実的なのは、次の順です。
- 第1段階 調べもの: 会計・税務の論点整理や社内規程の検索。誤りを含む可能性があるため、原典を確かめる前提で使う
- 第2段階 支払・請求の処理: 請求書の読み取りや仕訳案の作成。人が承認する流れを残す。電子取引データの保存要件は電子帳簿保存法の電子取引データ保存で整理しています
- 第3段階 異常の検知: 二重計上や金額の外れ値の洗い出し
- 第4段階 予実・資金繰りの予測: 成果が大きい領域ですが、前提と数字の確認が要る
KPMGの調査で成果が大きかったのは第4段階にあたる判断業務です。ただ、入口は確認しやすい第1〜3段階に置き、確認の記録を貯めてから広げる方が、体制の弱い組織では事故を避けられます。経理体制の組み方はスタートアップの経理体制構築も参考になります。
投資家や監査の場で問われるのは「どう確かめたか」
経理にAIを使う企業が増えるほど、資金調達のデューデリジェンスや監査の場では「その数字はどう作られ、誰が確かめたか」が問われやすくなります。KPMGの調査で差が出た「AI関連の証跡を示せるか」は、大企業の監査対応に限った話ではありません。
スタートアップでも、AIが作った仕訳案や集計を人が承認した記録(日付・承認者・修正内容)を月次で残しておけば、後から説明できます。逆に記録がないと、成果が出ていても「たまたま合っていた」としか言えません。導入の効果と同じ重さで、確認の記録を設計しておくことが、結果的に導入を続けられる条件になります。
経営者が先に決めておく3点
- 責任者: AIが出した数字を最終確認する人を1人決める
- 確認の記録: 何を入力し、誰が何を直したかを残す。監査や投資家のデューデリジェンスで問われても示せる状態にする
- 測る指標: 月次決算にかかる日数、修正件数など、AI導入前後で比べられる数字を1〜2個だけ選ぶ
よくある質問
経理AIを入れていないスタートアップは遅れていますか
遅れているとは言えません。両調査ともスタートアップの導入率を示すものではないためです。入れるかどうかより、確認の体制を先に作れるかが論点です。
最初に任せるなら何がよいですか
調べものの下調べと、請求書の読み取りなど人が承認できる処理です。出力を人が確かめやすく、誤りの影響が小さいためです。
AIが出した仕訳や数字はそのまま使えますか
使えません。調査でも、出力への信頼が「実際に行動に移すか」を左右する場面では人による監督が欠かせないとされています。承認者と記録を決めたうえで使います。
出典・参考
- Gartner「Gartner Survey Shows Finance AI Adoption Remains Steady in 2025」(2025年11月18日)
- CFO.com「CFO optimism around AI rises as adoption levels off: Gartner」
- KPMG「Global AI in Finance 2026」(KPMGジャパン 2026年6月9日発表)
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