スタートアップの組織設計は、人数が増えてから手をつけると必ずどこかで無理が生じます。創業期の「全員がなんでもやる」体制のままメンバーが20人、30人と増えると、誰が何を決めるのかが曖昧になり、意思決定のスピードが落ちます。本記事では、創業期・拡大期・IPO準備期の3つのフェーズに分けて、組織設計で押さえるべき論点と組織図の作り方を解説します。
組織設計とは何か、何を最初に決めるべきか
組織設計とは、事業戦略を実行するために「誰が何を担い、誰に報告するか」を決める設計行為です。単に部署名を書いた組織図を作ることではなく、社内コミュニケーションの通り道を設計することだと捉えると分かりやすくなります。特定のメンバー間でやり取りを密にしたいなら、同じマネージャーの下に置くのが最も確実な方法です。
組織設計を検討する際は、次の3つの軸で考えます。
- 事業戦略:単一プロダクトの機能を連携させる事業なのか、複数事業を並行運営するのか
- 会社のフェーズ:従業員数と意思決定の複雑さ
- コミュニケーションの実態:誰と誰の連携を密にする必要があるか
組織図を整備する意味は、責任の所在を明確にし、新しく入ったメンバーが「誰に何を聞けばいいか」を迷わず理解できるようにすることにあります。人数が増えるほど、この効果は大きくなります。
創業期(~10名程度):役割が人につく組織設計
創業期は、明確な階層を持つ組織設計よりも、創業メンバーが複数の役割を兼務する体制が現実的です。この段階で厳格な文書化やプロジェクト管理を重視する「官僚型」の体制を持ち込むと、スタートアップの機動力を損ないます。マネジメントコストが事業のスピードに見合わなくなるためです。
この時期の組織設計で意識すべき点は次のとおりです。
- 役割を固定しすぎない。採用のたびに既存メンバーの役割を見直す
- 意思決定者を明確にする(役職名よりも「誰が最終判断するか」)
- 週次のミーティングなど、軽量な情報共有の場を先に作っておく
創業期に組織図そのものを厳密に作り込む必要はありません。ただし「誰が何を決めるか」だけは、口頭合意ではなく簡単なメモでも残しておくと、後で振り返りやすくなります。
拡大期(10~50名程度):機能別組織とマネージャー層の設置
従業員が10名を超えたあたりから、職能型組織と事業部制のどちらを選ぶかという判断を迫られます。単一プロダクトで開発・営業・カスタマーサクセスなどの機能を連携させる事業であれば職能型組織が向いています。複数の事業を並行運営する場合は、事業ごとに損益責任を持たせる事業部制のほうが機能しやすくなります。
拡大期でもうひとつ重要なのが、マネージャー層の設置タイミングです。1人のマネージャーが直接見るメンバー数(スパン・オブ・コントロール)は5~8名程度が目安とされ、これを超えると意思疎通が滞りやすくなります。目安を超えたら、レイヤーを1段増やして負荷を分散させます。
組織図は「連絡が必要な人同士を同じマネージャーの下に置く」という発想で設計すると、無理なく機能しやすくなります。逆に、事業上の連携が必要なチーム同士を別々の上司の下に分けてしまうと、部署間の情報伝達に余計なコストがかかります。
IPO準備期(内部統制とガバナンスを組み込む組織設計)
IPO準備に入ると、組織設計は事業効率だけでなく、ガバナンス・内部統制の観点からも見直しが必要になります。証券取引所は、一般株主保護の観点から独立役員(一般株主と利益相反のおそれがない社外取締役または社外監査役)を最低1名以上確保することを上場会社に義務付けています。
監査役会設置会社を選ぶ場合は、監査役の半数以上を社外監査役とし、常勤監査役を最低1名配置する必要があり、創業者の親族が監査役を務めている場合は、この段階で交代が求められるケースもあります。
IPO準備期の組織設計で見直すべき主な観点は次のとおりです。
- 経営者個人に業務執行の権限が集中していないか
- 営業部門と管理部門を兼務する従業員がいないか(内部牽制の観点)
- 取締役会を月1回以上、実質的な審議を伴う形で開催できているか
- 管理部門の体制が整っているか。CFOまたは管理部長を含めて最低4名程度が実務上の目安とされる
上場審査は「形式要件」と「実質審査基準」の両面から行われ、実質審査では経営体制や内部管理体制が厳格にチェックされます。組織図を作るだけでなく、実際にその体制で運用されている実績が問われる点に注意が必要です。取締役会の開催方法や議事録の実務は、取締役会の運営方法|スタートアップが知っておくべき議事録・決議の実務で詳しく解説しています。IPO準備全体のスケジュールはIPO準備チェックリスト|上場までのスケジュールと内部統制のポイントを参照してください。
職能型組織と事業部制、どちらを選ぶか
拡大期以降、必ず迫られるのが職能型組織と事業部制の選択です。判断の目安は次のとおりです。
- 職能型組織が向くケース:単一プロダクトを開発・提供しており、機能間の連携が事業の中心になる場合
- 事業部制が向くケース:複数の事業ラインを並行運営し、事業ごとに損益責任を明確にしたい場合
多くのスタートアップは職能型組織からスタートし、新規事業や複数プロダクトを展開する段階で事業部制へ移行、あるいは両者を組み合わせたマトリクス型に発展させます。どちらかが常に正解というわけではなく、事業戦略と会社のフェーズに合わせて選ぶことが重要です。
組織設計でよくある失敗と回避策
組織づくりでつまずきやすいポイントと、その回避策を整理します。
- 階層を固定しすぎる:一度決めた組織図に固執すると、成長に伴う人数増加に対応できなくなります。半期に1回など、定期的な見直しのタイミングをあらかじめ決めておきます
- 官僚型を早期に導入する:創業期から厳格な承認フローや文書化を重視すると、スタートアップの機動力を損ないます。拡大期以降、必要な範囲から段階的に導入します
- 経営者への権限集中が続く:創業期は自然な状態ですが、拡大期以降も権限委譲が進まないと、意思決定のボトルネックになります。IPO準備期には内部統制上の課題としても指摘されます
- 組織図と実態が乖離する:組織図を作って終わりにし、実際の報告ラインや意思決定の実態が追いついていないケースです。組織図は作ってから終わりではなく、実務の変化に合わせて更新し続ける前提で運用します
組織設計と並行して、経営陣自体の役割分担を見直すことも欠かせません。CFOが担うべき役割については、CFOの役割とは?スタートアップにCFOが必要なタイミングと採用基準で解説しています。
まとめ
- 組織設計は、事業戦略・会社のフェーズ・コミュニケーションの実態の3軸で考える
- 創業期は役割が人につく体制で構わないが、意思決定者だけは明確にしておく
- 拡大期は職能型組織か事業部制かを選び、マネージャー層を適切なタイミングで設置する
- IPO準備期は独立役員の確保、内部統制、権限集中の是正など、ガバナンス観点の組織設計が求められる
- 組織図は作ってから終わりではなく、フェーズが変わるたびに見直す前提で運用する
よくある質問
組織設計はいつから始めるべきですか?
明確な階層を持つ組織図が必要になるのは、従業員が10名を超えるあたりからです。ただし「誰が最終判断するか」という意思決定者の整理は、創業期のうちから簡単な形で残しておくことをおすすめします。
職能型組織と事業部制はどちらを先に採用すべきですか?
単一プロダクトで機能間の連携が事業の中心であれば職能型組織が向いています。複数事業を並行運営する場合や、事業ごとの損益責任を明確にしたい場合は事業部制を検討します。多くのスタートアップは職能型組織から始め、事業が複数化した段階で見直します。
組織図はどのくらいの頻度で見直すべきですか?
半期に1回程度を目安に見直すスタートアップが多く見られます。加えて、大型の資金調達や新規事業の立ち上げなど、事業フェーズが大きく変わるタイミングでは、その都度組織図の妥当性を確認することが望ましいです。
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米大学卒業後、NYでコンサルティング・NPO・起業を経験。帰国後、楽天・デロイト トーマツ ベンチャーサポートにて海外展開およびベンチャー支援に従事し、14カ国・500社超の事業成長を支援。2021年にThe CXO創業。複数ベンチャーのCXOとして参画し、実践知に基づく知見体系・フレームワークの構築を進めている。
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