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スタートアップの法務|創業期に整えるべき契約書・規程・知財の基本

CFO.Media編集部
スタートアップの法務|創業期に整えるべき契約書・規程・知財の基本

スタートアップの創業期における法務対応は、将来的なトラブルを未然に防ぐ最初の防衛線です。契約書の不備や知的財産の管理不足が原因で、資金調達や事業提携が頓挫するケースは少なくありません。

創業期に最低限整えるべきは、創業株主間契約・雇用契約(知財条項付き)・NDAの3契約、就業規則・情報セキュリティ規程の2規程、そして中核技術の特許出願・サービス名の商標登録・著作権の帰属明確化の3点です。資金調達検討の3〜6ヶ月前から逆算して整備するのが現実的で、「すべてを完璧に」ではなく「優先順位をつけて段階的に」が成功の鍵となります。

スタートアップの法務とは

創業期の法務が重要な理由

スタートアップの法務とは、事業活動に必要な契約書の作成・規程の整備・知的財産の保護を通じて、法的リスクを最小化する取り組みです。創業期は事業の基礎を固める段階であり、この時点で適切な法務対応を行うことで、後のトラブルを大幅に減らせます。

VCからの資金調達では、法務デューデリジェンス(契約・知財・労務などを精査するプロセス)が実施され、契約書や知的財産の状況が詳細に確認されます。経済産業省の「スタートアップの知財・法務ガイドブック」によれば、知財DD(知財デューデリジェンス)では特に第三者特許の存在や保有特許の権利範囲が注視されるとされています。創業期から適切な法務体制を整えておくことが、資金調達の成功率を高める鍵となります。

法務対応が不十分な場合のリスク

法務対応が不十分なまま事業を進めると、具体的には以下のようなリスクが発生します。株主間でのトラブルが起きた際に、創業株主間契約がないために株式の取扱いで紛争が長期化する、従業員が作成した技術の知的財産権が会社に帰属せず競合他社に流出する、規程が未整備のため労働基準監督署から是正勧告を受ける、といった事態が実際に起きています。

こうしたリスクは、創業期に基本的な法務書類を整えることで大半が回避可能です。自社にリソースが不足している場合でも、重要な契約を締結する際には外部専門家に契約書の作成や交渉のサポートを依頼することが望ましいとされています。

創業期に整えるべき契約書

創業期のスタートアップが最低限整備すべき契約書は、創業株主間契約雇用契約書秘密保持契約(NDA)の3つです。それぞれの役割と作成時のポイントを解説します。

創業株主間契約

創業株主間契約とは、複数人で共同創業する場合に、創業者である株主同士が締結する契約です。主な内容は、一部の創業者が会社を退任した場合に、残る創業者に株式を譲渡する条項や、意思決定ルールの明確化です。

この契約がないと、創業者の一人が早期に離脱した際に、株式を大量に保有したまま経営に関与しない「幽霊株主」が生まれるリスクがあります。一般的な条項として、4年間のベスティング期間(株式が段階的に確定する仕組み、1年クリフ付き=最初の1年は権利確定なし)を設定し、退任時には未確定分の株式を会社または他の創業者が買い戻せる仕組みを入れます。また、秘密保持条項として、契約の存在と内容を第三者に開示しない旨を規定することも一般的です。

創業株主間契約は、資金調達時にVCから提示される投資契約とは別物です。創業者間でのみ締結するため、会社設立後なるべく早い段階で合意しておくことが推奨されます。

雇用契約書・業務委託契約書

従業員を雇用する場合の雇用契約書、外部人材に依頼する場合の業務委託契約書は、労働条件や業務範囲を明確にする基本書類です。特に重要なのは、知的財産の帰属条項を明記することです。

雇用契約・業務委託契約には、「従業員または業務委託先が業務上作成した発明・著作物等の知的財産権はすべて会社に帰属する」旨の条項を必ず含めます。この条項がないと、従業員が退職後に自社の技術を持ち出して競合サービスを立ち上げる、業務委託先が納品物の著作権を主張して利用を制限される、といった事態が起こり得ます。

国際的なベストプラクティスとしても、雇用契約や業務委託契約書には知的財産の帰属を明示する条項を含めることが標準となっています。契約書ひな形を使う場合でも、この条項の有無は必ず確認してください。

秘密保持契約(NDA)

秘密保持契約(NDA: Non-Disclosure Agreement)は、他社との商談や提携交渉の際に、自社の機密情報を保護するための契約です。投資家やパートナー候補と具体的な事業内容や技術を共有する前に、必ず締結します。

NDAには、一方向型(自社のみが情報を開示)と双方向型(双方が情報を開示)の2種類があります。VC面談では一方向型、事業提携では双方向型が一般的です。契約書には、秘密情報の定義・使用目的の制限・開示禁止期間(通常2〜5年)・違反時の損害賠償条項を含めます。

スタートアップが技術優位性を持つ場合、NDAなしで詳細を開示してしまうと、後から知的財産権を主張することが困難になります。特に大企業との協業では、情報の非対称性が大きいため、NDA締結は必須と考えるべきです。

創業期に整えるべき規程

契約書と並んで重要なのが、社内ルールを定める規程です。創業期に最低限整備すべきは、就業規則情報セキュリティ規程の2つです。

就業規則

就業規則は、労働時間・休日・賃金・退職等の労働条件を定めた社内規則です。労働基準法89条により、常時10人以上の労働者を使用する事業場では作成・届出が義務となります。10人未満でも、トラブル防止のため早期に作成することが推奨されます。

就業規則には、始業・終業時刻、休憩時間、休日、賃金の計算方法と支払日、退職に関する事項(解雇事由を含む)を必ず記載します。変更する場合は、労働者代表の意見を聴取し、所轄労働基準監督署長に届け出る必要があります。

スタートアップでは柔軟な働き方を導入するケースが多いため、リモートワーク・フレックスタイム制・裁量労働制などを導入する場合は、それぞれの要件を満たす条項を就業規則に盛り込む必要があります。労務トラブルを未然に防ぐためにも、専門家の確認を受けることが望ましいです。

情報セキュリティ規程

情報セキュリティ規程は、会社の機密情報や顧客データの取扱いルールを定めた規程です。特に個人情報を扱う事業では、個人情報保護法に対応した規程整備が必須となります。

規程には、情報の分類(公開・社外秘・極秘の3段階)、アクセス権限の設定、外部持ち出しのルール、違反時の罰則を明記します。また、従業員が退職する際の情報返却・削除の手順も定めておくことで、情報漏洩リスクを最小化できます。

資金調達時のデューデリジェンスでは、情報セキュリティ体制も確認されます。規程が未整備の場合、投資家から「ガバナンスが不十分」と判断され、バリュエーションに悪影響を与える可能性があります。テンプレートを活用しつつ、自社の事業実態に合わせてカスタマイズすることが重要です。

創業期に整えるべき知的財産

スタートアップにとって知的財産は、競争優位性の源泉です。創業期に押さえるべき知財対応は、特許・商標の出願著作権・ノウハウの管理の2つです。

特許・商標の出願

特許権は、技術的な発明を独占的に実施できる権利です。特許庁の広報誌「とっきょ」2019年2・3月号では「創業期こそ"知財"で差をつける」として、早期出願の重要性が強調されています。特許権の最終目的は、事業化に成功した際に市場での継続的な競争優位性を確保することにあります。

特許出願には時間がかかるため(ファーストアクションまで平均約9.5ヶ月、査定までは1〜2年程度)、創業初期から準備を始めることが推奨されます。ただし、出願費用(弁理士費用含めて30〜50万円/件)がかかるため、すべてのアイデアを出願するのではなく、事業の中核技術に絞って出願することが現実的です。中小スタートアップ向けの減免制度(審査請求料・特許料の1/3軽減、設立10年未満の中小企業等が対象)も活用できます。

商標権は、ブランド名やロゴを保護する権利です。商標登録していないと、他社が同じ名称を先に登録してしまい、自社のサービス名を変更せざるを得なくなるリスクがあります。商標出願は特許より安価(1区分で弁理士費用含めて12〜17万円/件、複数区分で20万円超)で、審査期間も比較的短い(通常審査で平均約10ヶ月、ファストトラックで約6ヶ月)ため、サービス名が決まった段階で早期に出願することが望ましいです。

著作権・ノウハウの管理

著作権は、プログラムコードやデザイン等の創作物に自動的に発生する権利です。特許と異なり出願手続きは不要ですが、誰が著作権を保有するかを契約で明確にしておく必要があります。

前述の通り、雇用契約・業務委託契約に「業務上作成した著作物の著作権は会社に帰属する」旨の条項を入れることで、従業員や外部委託先が作成したコード・デザインの権利を会社が保有できます。この条項がないと、業務委託先のエンジニアが「自分が書いたコードの著作権は自分にある」と主張し、利用許諾を求められる事態が起こり得ます。

また、特許化しない技術ノウハウは、営業秘密として管理します。営業秘密として保護されるためには、秘密管理性・有用性・非公知性の3要件(不正競争防止法2条6項)を満たす必要があります。情報セキュリティ規程と連動させ、ノウハウへのアクセス権限を限定し、社外持ち出しを禁止するルールを設けることが有効です。

スタートアップの法務で失敗しないためのポイント

創業期の法務対応で失敗しないためには、以下の3つのポイントを押さえることが重要です。

優先順位をつけて段階的に整備する

すべての契約書・規程を一度に完璧に整えることは、リソースが限られるスタートアップには現実的ではありません。優先順位をつけて段階的に整備する戦略が有効です。

最優先は、創業株主間契約雇用契約・業務委託契約(知財条項付き)です。これらは創業者間のトラブルや知財流出という致命的なリスクに直結します。次に、従業員が10人に近づいた段階で就業規則、資金調達や事業提携を検討する段階でNDA情報セキュリティ規程を整備します。

知的財産については、事業の中核技術に絞って特許出願、サービス名が確定した時点で商標出願を行うという順序が自然です。すべてを網羅的に対応しようとして手が回らなくなるより、重要度の高いものから確実に固めていく方が、実務上のリスクを効果的に減らせます。

専門家を適切に活用する

創業期のスタートアップは予算が限られるため、すべてを専門家に依頼することは困難です。しかし、重要な契約や高度な知財戦略については、弁護士や弁理士などの専門家に相談することが、結果的にコストを抑えることにつながります。

具体的には、創業株主間契約や投資契約は弁護士に、特許出願は弁理士に依頼することが一般的です。一方で、雇用契約書や就業規則は、信頼できるひな形をベースに自社でカスタマイズし、最終確認のみ専門家に依頼する方法もあります。

また、自治体やスタートアップ支援機関が提供する無料法律相談や、スタートアップ向けの固定料金プランを活用することで、コストを抑えつつ専門的なアドバイスを得ることが可能です。「自分でできることは自分で、重要な判断は専門家に」という線引きを明確にすることが、限られたリソースを有効活用する鍵となります。

資金調達前に法務体制を見直す

VCからの資金調達では、法務デューデリジェンスが実施され、契約書・規程・知的財産の状況が詳細に確認されます。不備があると、投資判断に悪影響を与えたり、条件交渉で不利になったりする可能性があります。

資金調達を検討する3〜6ヶ月前には、法務体制の総点検を行うことが推奨されます。具体的には、創業株主間契約の有無、雇用契約・業務委託契約の知財条項の確認、特許・商標の出願状況、就業規則と情報セキュリティ規程の整備状況をチェックします。

この段階で不備が見つかった場合でも、資金調達前に修正しておけば問題になりません。逆に、デューデリジェンスの段階で初めて不備が発覚すると、「経営の基本ができていない」という印象を与え、バリュエーションの引き下げや投資見送りにつながるリスクがあります。資金調達は法務体制を見直す重要なマイルストーンと捉え、計画的に準備を進めることが成功の鍵です。

よくある質問

創業株主間契約はいつ締結すべきですか?

会社設立後、できるだけ早い段階で締結することが推奨されます。理想的には設立から3ヶ月以内です。時間が経つほど、創業者間での株式配分や条件についての合意形成が難しくなる傾向があります。

特許出願にかかる費用はどのくらいですか?

弁理士費用を含めて1件あたり30〜50万円が一般的です。ただし、設立10年未満の中小スタートアップ向けの減免制度を利用すれば、審査請求料や特許料を1/3に軽減できます。予算が限られる場合は、事業の中核技術に絞って出願することが現実的です。

従業員が10人未満でも就業規則は必要ですか?

労働基準法89条上は10人未満の事業場では作成義務はありませんが、労務トラブル防止のため早期に作成することが推奨されます。特に資金調達を検討する場合は、投資家から就業規則の整備状況を確認されることがあります。

まとめ

スタートアップの創業期における法務対応は、将来的なトラブルを未然に防ぐための重要な投資です。最低限押さえるべきポイントは以下の通りです。

  • 契約書: 創業株主間契約・雇用契約(知財条項付き)・NDAを優先的に整備
  • 規程: 従業員10人を目安に就業規則、情報セキュリティ規程を作成
  • 知的財産: 中核技術の特許出願、サービス名の商標登録、著作権の帰属明確化
  • 専門家活用: 重要な契約や知財戦略は弁護士・弁理士に相談
  • 資金調達前: 3〜6ヶ月前に法務体制を総点検し、不備を修正

限られたリソースの中で優先順位をつけ、段階的に法務体制を整えることが、スタートアップの持続的な成長を支える基盤となります。CFO.Mediaでは、スタートアップの経営に役立つ週次・月次レポートや業界分析を発信しています。法務・ガバナンス・資金調達の実務トレンドを把握し、創業期の意思決定にお役立てください。

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