J-KISSとは「Keep It Simple Securities」の略で、素早く簡単に資金調達をするための投資契約書です。資金需要の高いシード期のスタートアップ・ベンチャー企業に適した設計となっており、2024年4月からはエンジェル税制の対象にもなり、採用する企業も増えています。今回は、J-KISS活用のメリット・デメリットや利用時の注意点について解説します。
J-KISSとは?
まず、J-KISSの概要を押さえます。
アメリカで活用されていた「KISS」を参考に作成された資金調達のフォーマット
J-KISSは、シリコンバレーを中心にアメリカで活用されていた投資契約書「KISS」(500 Startupsが原型)の日本版です。資金調達をしたいスタートアップ・ベンチャー企業が新株予約権(将来的に株式に転換できる権利)を発行し、投資会社が有償で引き受けることで投資が実行される仕組みになっています。
なお、米国のシード期では現在、Y Combinatorが設計した「SAFE(Simple Agreement for Future Equity)」が主流で、KISSは相対的に非主流化しています。J-KISSは、両者の思想を踏まえた「日本版のシンプル投資契約書」として設計されています。
簡易なフォーマットで迅速に資金調達を完了させられる
J-KISSはCoral Capital(東京拠点のベンチャーキャピタル)がオープンソースとして無償公開している投資契約書です。いつでも誰でもダウンロードすればすぐに利用できるため、迅速に資金調達を完了させることができます。2024年4月からはエンジェル税制の対象にもなり、導入のハードルが一段下がりました。
他の資金調達方法との違いは?
J-KISSとその他の資金調達の方法との違いを押さえます。
融資による資金調達との違い
融資とJ-KISSとの最大の違いは返済義務があるかないかです。融資は返済義務があり、会社のバランスシートには負債として計上されます。まだ発展途上のシード期のスタートアップ企業の場合、返済の目途が立たず、また審査も厳しいためなかなか現実的ではない資金調達の方法です。
増資による資金調達との違い
増資とは募集株式の発行のことで、スタートアップ企業の資金調達方法として広く使われています。第三者割当増資という方法を用いるのが一般的です。投資実行の段階で企業価値が算出され、投資元も実際の株式を引き受け、資本金額も増えるという仕組みがJ-KISSと異なっています。
J-KISSを利用するメリット・デメリット
J-KISSを利用するメリット・デメリットを整理します。
メリット
・投資の実行までが速い
まだキャッシュフローの乏しいシード期だからこそできるだけ早く資金調達したいと考える経営者は多いでしょう。前述したとおり、企業価値の確定を先送りでき、また契約書などのフォーマットも公表されているため、交渉の簡略化により投資実行までの時間が短くなります。
・投資の詳細条件を繰り延べできる
投資をする際には細かな条件設定が必要ですが、J-KISSでは投資の詳細条件を繰り延べすることができます。「仮」の投資契約で最低限の条件だけ定めて、資金調達を実施し、後により大きな資金調達を実施する際に、投資契約を置き換えることができます。
・透明性が高い制度である
J-KISSは、誰もが自由に使えるシード投資のための投資契約書です。シード期の多くの場合で契約書のひな型を修正することなく利用できます。修正がなされていないことは、契約書冒頭に明記されるほか、修正されている場合はその箇所がすぐに確認できるような仕様になっています。修正の必要がない、または修正箇所がすぐわかる観点から透明性が非常に高い制度といえます。
・取引コストを最小限に抑えられる
J-KISSの投資契約書は、弁護士や税理士といった専門家に徹底的に精査されています。国内のさまざまな規制や法律に適合する内容となっており、投資契約に必要な契約書の修正や交渉を省くことができます。これが投資実行までのスピードに繋がっている他、取引にかかるコストも最小限に抑えることができます。
デメリット
・バリュエーションキャップの上限が低いと起業家のメリットがなくなる恐れがある
契約時に転換価格のバリュエーションキャップ(企業価値の上限)が低く定められてしまうことがあります。
バリュエーションキャップが低く定められると、転換時のバリュエーション(企業価値)も低くなるため、起業家にとってはメリットがなくなってしまいます。低いバリュエーションキャップを付けられると、シード期の投資家に買い叩かれる可能性が高いので注意しましょう。
・必ずしも低コストにならない可能性がある
かつてと比べるとJ-KISSに対応できる実務家(弁護士・司法書士など)は増え、実務環境は整備されつつあります。ただし米国ほど標準化されてはおらず、リーガルレビューや登記の実務が案件ごとに割高になるケースもあります。コスト面はあらかじめ見積もりを取って比較検討するのが望ましいでしょう。
J-KISSの活用のポイントと注意点
J-KISSの活用のポイントと注意点を押さえます。
J-KISSのフォーマットで交渉対象となる条件
J-KISSには、交渉対象となるための条件があります。Coral Capitalが公開する標準的な条件は以下の4点です。
・調達金額が標準的には1億円以上である
・ディスカウント率(※1)が標準的には0.8倍である
・バリュエーションキャップ(企業価値の上限)(※2)の設定
・転換期限(※3)が標準的には18か月以上である
(※1)ディスカウント率
将来のキャッシュフローや収益を現在価値に換算する際に使用される金利です。投資やプロジェクトの評価、株価や債券価格の評価、企業買収や事業計画の分析などに利用されます。
(※2)バリュエーションキャップ
スタートアップ企業が資金調達の際に使用される契約の条件の一つで、企業の将来的な評価額に上限を設けることです。コンバーチブルノート(Convertible Note:将来株式に転換できる社債型の投資契約)やSAFE(Simple Agreement for Future Equity:Y Combinatorが設計した米国の投資契約)があります。いずれも出資者が将来的に株式に変換できる権利を持つ契約で、バリュエーションキャップが用いられます。
(※3)転換期限
投資家が将来的に株式に変換できる権利を持つ投資契約において、投資家がその権利を行使できる期限を指します。
ただし、これらの条件はJ-KISSなどに代表される転換型の資金調達方法の必須の要素ではありません。実際にはこれらの条件が不要である場合もある他、別の条件が必要になる可能性もあります。
普通株式等の他の投資手法と比較・検討する
J-KISSはスタートアップ企業の起業家にとってさまざまなメリットがありますが、国内での普及は進行途上です。ブリッジ調達の用途では、段階的なディスカウント設計(0%→10%→20%など)が実務的とされる場面もあります。場合によってはコストが高くなるといったリスクもあるため、普通株式といった他の投資手法と比較・検討し、慎重に選ぶようにしましょう。
バリュエーションの先送り効果を得るには慎重な設計が必要
J-KISSのメリットには、バリュエーションなどの投資の詳細の決定を先送りできる点があります。ただし、起業家にとって有利なバリュエーションキャップの先送りを実現するためには、投資家との交渉が必要になります。経験値が少ない状態でバリュエーションキャップの設定を有利に進めるのは非常に難しいため、慎重な設計・交渉が必要です。
J-KISSの最近のトレンドと活用事例
J-KISSは、シードやアーリーステージのスタートアップで利用される例が多いものの、シリーズA以降のスタートアップにとっても有効な資金調達の方法です。2024年4月以降はエンジェル税制の対象となり、採用する企業も増加傾向にあります。例えば以下のようなシーンでの利用が考えられます。
・数か月先によい実績を見せられるという状況だが、すぐに資金調達を進めたいというタイミング
・市場の不確実性が高く、バリュエーションを正確に算定するのが難しいタイミング
・出資を受けて、事業会社と資本業務提携をしたいが、バリュエーションを正確に算定したり説明したりするのが難しいタイミング
「スピーディに資金調達が可能な手法」という利点を活かして、会社の状況に合わせて利用を検討するとよいでしょう。
まとめ
J-KISSとは、シリコンバレーを中心にアメリカで活用されていた資金調達のフォーマット「KISS」の日本版です。「迅速に投資実行ができる」「投資の詳細条件を先送りできる」「高い透明性を確保できる」など、資金調達を検討しているシード期のスタートアップ企業にとって数多くのメリットがあります。2024年4月以降のエンジェル税制対象化もあり国内でも普及が進みつつありますが、米国ほど標準化は進んでおらず、J-KISSのメリットを得るには慎重な設計・交渉が必要です。その他の資金調達の方法と比較検討しながら利用を検討してみてください。
CFO.Mediaは、シード・アーリー期の資金調達を目指す起業家のための情報プラットフォームです。国内スタートアップの調達事例や最新トレンドを、データと実例をもとにわかりやすく解説します。